副業・兼業の時代に知っておきたい!会社と社員の対応ガイド

当事務所のホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。近年、副業・兼業を希望する方が増加傾向にある中、厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表し、令和2年9月に改定しました。このガイドラインは、社員が安心して副業・兼業に取り組めるよう、労働時間管理や健康管理等について示したものです。本記事では、このガイドラインの内容をわかりやすく解説し、会社と社員それぞれの立場から、副業・兼業に関する対応方法をご紹介します。
副業・兼業の現状と方向性
1.副業・兼業の現状
非農林業従事者(有業者のうち本業の産業が「農業,林業」及び「分類不能の産業」以外の者をいいます)のうち副業がある者は2022年時点で305万人で、5年前に比べ60万人の増加となっています(出典:令和4年就業構造基本調査)
その理由は多様で、「収入を増やしたい」「一つの仕事だけでは生活できない」「自分の可能性を広げたい」「様々な人とつながりたい」「時間に余裕がある」「現在の仕事で必要なスキルを向上させたい」など様々です。
2.副業・兼業に関する裁判例
裁判例(マンナ運輸事件、東京都私立大学教授事件など)によれば、社員が労働時間以外の時間をどのように使うかは、基本的には社員の自由とされています。会社が副業・兼業を制限できるのは、以下のような場合に限られるとされています:
- 本業の労務提供に支障がある場合
- 業務上の秘密が漏洩する恐れがある場合
- 競業により自社の利益が害される場合
- 自社の名誉や信用を損なう行為、信頼関係を破壊する行為がある場合
厚生労働省が令和5年7月に改定したモデル就業規則でも、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」とされています。
3.副業・兼業のメリットと留意点
社員にとって
【メリット】
- 離職せずに別の仕事に就くことができ、スキルや経験を得ることでキャリア形成ができる
- 本業の収入を活かして、自分のやりたいことに挑戦できる
- 収入が増加する
- 本業を続けながら、将来の起業・転職に向けた準備ができる
【留意点】
- 就業時間が長くなる可能性があり、自己管理が必要になる
- 職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務に注意が必要
- 週の所定労働時間が短い複数の仕事の場合、雇用保険等が適用されないことがある
会社にとって
【メリット】
- 社員が社内では得られない知識・スキルを獲得できる
- 社員の自律性・自主性を促せる
- 優秀な人材の獲得・流出防止につながり、競争力が向上する
- 社員が外部から新たな知識・情報や人脈をもたらし、事業機会の拡大につながる
【留意点】
- 労働時間の把握・管理や健康管理への対応が必要
- 職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務の確保が課題
会社の対応
1.基本的な考え方
裁判例を踏まえると、原則として副業・兼業を認める方向が適当とされています。現在、副業・兼業を禁止している会社や一律許可制にしている会社は、副業・兼業が本業に支障をもたらすかどうかを精査し、支障がなければ、原則として認める方向で検討することが求められます。
副業・兼業を進める際には、会社と社員の間で十分にコミュニケーションを取ることが重要です。副業・兼業に関する相談や自己申告を行ったことによる不利益な取扱いは禁止されています。
2.労働契約上の留意点
安全配慮義務
労働契約法第5条に基づき、会社は社員の安全に配慮する義務があります。副業・兼業の場合、関わるすべての会社が安全配慮義務を負います。
問題となり得るケースとしては、社員の全体的な業務量・時間が過重であることを会社が把握しながら、何の配慮もせず、社員の健康に支障が生じた場合などが考えられます。
対応策としては:
- 就業規則等で、長時間労働等により本業に支障がある場合には副業・兼業を制限できることを定める
- 副業・兼業の届出時に、内容が社員の安全や健康に支障をもたらさないか確認する
- 副業・兼業開始後に社員の報告等で状況を把握し、健康状態に問題があれば適切な措置を講じる
秘密保持義務
社員は会社の業務上の秘密を守る義務があります。
対応策としては:
- 就業規則等で、業務上の秘密が漏洩する場合には副業・兼業を制限できることを定める
- 副業・兼業を行う社員に対して、秘密情報の範囲や漏洩防止について注意喚起する
競業避止義務
社員は一般に、在職中、会社と競合する業務を行わない義務があります。ただし、会社の正当な利益が侵害されない場合には、同一業種・職種であっても副業・兼業を認めるべき場合もあります。
対応策としては:
- 就業規則等で、競業により会社の正当な利益を害する場合には副業・兼業を制限できることを定める
- 副業・兼業を行う社員に対して、禁止される競業行為の範囲について注意喚起する
3.労働時間管理
労働基準法第38条第1項では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されています。
労働時間の通算が必要となる場合
複数の会社で働く社員の労働時間は、以下の場合を除いて通算されます:
- 労働基準法が適用されない場合(フリーランス、起業、顧問等)
- 労働基準法は適用されるが労働時間規制が適用されない場合(管理監督者等)
通算して適用される規定は、法定労働時間(1日8時間、週40時間)と時間外労働の上限(月100時間未満、複数月平均80時間以内)です。
副業・兼業の確認方法
会社は社員からの申告等により、副業・兼業の有無・内容を確認します。就業規則等に届出制を定め、新たに副業・兼業を始める場合や新たに社員を雇い入れる際に届出を求めることが考えられます。
確認する事項としては:
- 副業・兼業先の事業内容
- 社員が従事する業務内容
- 労働時間通算の対象となるかどうか
労働時間通算の対象となる場合は、さらに:
- 労働契約の締結日、期間
- 所定労働日、所定労働時間、始業・終業時刻
- 所定外労働の有無、見込み時間数、最大時間数
- 実労働時間等の報告手続き
時間外労働の割増賃金の取扱い
各会社は、自社の労働時間制度を基に、他社での労働時間も含めて通算した時間について、法定労働時間を超える部分のうち自社で労働させた時間について割増賃金を支払う必要があります。
簡便な労働時間管理の方法
副業・兼業の場合の労働時間管理を簡便に行う「管理モデル」も提案されています。これは、副業・兼業の開始前に、時間的に先に契約した会社(会社A)の法定外労働時間と後から契約した会社(会社B)の労働時間の合計が月100時間未満、複数月平均80時間以内となる範囲内で、それぞれの労働時間の上限を設定するものです。
4.健康管理
会社は、社員が副業・兼業をしているかにかかわらず、健康診断、長時間労働者への面接指導、ストレスチェック等の健康確保措置を実施する必要があります。
健康確保措置の実施対象者の選定には、通常、副業・兼業先の労働時間は通算しませんが、会社の指示により副業・兼業を始めた場合は、通算した労働時間に基づき健康確保措置を実施することが適当です。
社員の対応
1.副業・兼業を希望する場合の確認事項
副業・兼業を希望する社員は、まず自分が勤めている会社のルール(労働契約、就業規則等)を確認し、そのルールに照らして適切な副業・兼業を選択する必要があります。
求職活動をする場合には、就業時間、特に時間外労働の有無等の情報を集めて適切な就職先を選ぶことが重要です。ハローワークの求人を活用するのも有効でしょう。
2.健康管理の重要性
副業・兼業による過労で健康を害したり、業務に支障をきたしたりしないよう、社員自身が各職場の業務量や進捗状況、それに費やす時間や健康状態を管理する必要があります。
会社が提供する健康相談等の機会を活用したり、勤務時間や健康診断の結果等を管理するツールを使用したりすることが望ましいでしょう。
副業・兼業に関わるその他の制度
1.労災保険
会社は、社員が副業・兼業をしているかにかかわらず、社員を1人でも雇用していれば労災保険の加入手続きを行う必要があります。
令和2年の法改正により、複数の職場で働く人が労災にあった場合、非災害発生事業場の賃金額も合算して労災保険給付を算定することになりました。また、複数の就業先の業務上の負荷を総合的に評価して労災認定を行うことになっています。
一つの就業先から別の就業先への移動中に起きた災害は、通勤災害として労災保険給付の対象となります。
2.雇用保険、厚生年金保険、健康保険
雇用保険は、原則としてすべての労働者が対象ですが、週20時間未満の労働や31日未満の短期雇用は適用除外となります。複数の会社に雇用されている場合、主たる賃金を受ける雇用関係についてのみ被保険者となります。
社会保険(厚生年金保険・健康保険)の適用要件は事業所ごとに判断されます。複数の事業所で働く場合、いずれの事業所でも適用要件を満たさないと、労働時間等を合算しても適用されません。
まとめ
副業・兼業は、社員のキャリア形成や収入増加、会社の競争力向上などのメリットがある一方で、労働時間管理や健康管理などの課題もあります。会社と社員が十分にコミュニケーションを取りながら、お互いにメリットのある形で進めていくことが大切です。
当事務所では、副業・兼業に関する就業規則の整備や労務管理のアドバイスなど、会社と社員の双方が安心して副業・兼業に取り組めるようサポートしています。ご相談があれば、お気軽にお問い合わせください。