「定額残業代制度」のリスクとは?企業が押さえるべき運用上の注意点

当事務所のホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。今回は多くの会社が採用している「定額残業代制度」について、近年の判例や法改正を踏まえた注意点をご紹介します。
定額残業代とは何か
定額残業代(固定残業代)とは、あらかじめ一定時間分の時間外労働に対する割増賃金を、定額で支給する制度です。基本給とは別に支給する形もあれば、給与内に含める形で支給される場合もありますが、どの場合も明確な内訳の説明が求められます。例えば「月20時間分の残業代として3万円」というように設定されることが一般的です。
この制度は、残業代の計算を簡略化できるというメリットがある一方で、不適切な運用をすると労働基準法違反となるリスクがあります。特に近年は裁判例も増え、会社側が敗訴するケースも少なくありません。
なぜ今、定額残業代制度が危険視されているのか
労働環境への関心が高まる中、定額残業代制度については以下の理由から特に注意が必要となっています。
- 裁判例の蓄積により、無効となるケースの基準が明確化してきた
- 働き方改革関連法の施行により、残業時間の上限規制が厳格化された
- 労働基準監督署の指導が厳格化している
- 社員の労働法に関する知識や権利意識の向上により、残業代請求に対するハードルが低くなってきている
定額残業代制度の主な問題点
1. 「定額残業代」の明確性の問題
どの手当が残業代に当たるのかが明確になっていない場合、全額が通常の労働時間の対価とみなされるリスクがあります。
例えば、「営業手当」「業務手当」などの名称で支給していても、その手当が残業代の趣旨であることが労働契約や就業規則で明示されていなければ、残業代としては認められないケースがあります。
2. 実際の残業時間と定額残業代のかい離
定額残業代で定められた時間(例:20時間)を超えて実際に残業をした場合(例:30時間)、その超過分(10時間分)については別途残業代を支払う必要があります。しかし、この超過分の残業代を支払っていない会社は非常に多く、これが訴訟リスクとなっています。
3. 残業代単価の計算ミス
残業代の計算基礎となる賃金は、基本給だけでなく、職務手当や資格手当なども含めた「算入すべき手当」を合算して算出する必要があります。この計算を誤ると、残業単価が低くなり、未払い残業代が発生してしまいます。
労働基準法第37条では、時間外労働に対して通常の賃金の25%以上の割増賃金を支払うことが定められています。
定額残業代制度を適切に運用するためのポイント
1. 残業代であることの明示
⇒ 就業規則や労働契約書に、どの手当が何時間分の残業代に相当するのかを明記しましょう。
例:「固定残業手当(月30,000円)は、月20時間分の時間外労働に対する割増賃金として支給するものとする。20時間を超える時間外労働については、別途残業代を支給する。」
2. 実際の残業時間の適切な管理
⇒ タイムカードやICカード、PCログなどで正確な労働時間を把握しましょう。
2019年4月から、労働安全衛生法の改正により、「労働時間の状況の把握」が事業者の義務となりました。客観的な方法による労働時間の把握が求められています。
3. 定額残業時間を超える場合の対応
⇒ 定額分を超える残業がある場合は、必ず超過分の残業代を支払いましょう。
例えば、20時間分の定額残業代を設定している場合、実際の残業が25時間であれば、5時間分の残業代を追加で支払う必要があります。
4. 残業代計算の基礎となる賃金の確認
⇒ 残業代の計算基礎に含めるべき手当を正しく把握しましょう。
基本的には、固定的に支払われている手当(基本給、職務手当、資格手当など)は残業代計算の基礎に含める必要があります。一方、基本的には通勤手当、住宅手当、家族手当などは含めなくても構いません。
定額残業代に関する裁判例
国際自動車事件(最高裁令和2年3月30日判決)
この事件では、歩合給算定に割増金という名称で控除されていた賃金体系において、割増金の支払が残業代と認められないと判断されました。
判決のポイント:
- 定額残業代として支給される金額が、基本給などの通常の賃金部分とは明確に区別されており、かつ、何時間分の時間外労働に相当する割増賃金であるかが、労働契約書や給与明細等で明示されている必要があります。
- 就業規則や労働契約で、定額残業代が何時間分の残業に対応するものか明示する必要がある
テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日判決)
「営業手当」という名称で支給されていた手当について、残業代を含むことが説明されていなかったため、残業代としての効力が否定されました。
判決のポイント:
- 手当の名称だけでなく、実質的に残業代としての性質を持つことが重要
- 一定時間を超えて時間外労働等が行われた場合には別途上乗せして割増賃金を支払う旨の合意
定額残業代制度を運用する上での実務的なアドバイス
1. 適正な残業時間の設定
社員の実際の残業時間を把握した上で、適正な定額残業時間を設定しましょう。
例えば、平均残業時間が月15時間程度なら、20時間分の定額残業代とするなど、余裕を持った設定が望ましいです。
2. 定期的な見直し
社員の残業実態は、業務量や人員配置によって変動します。定期的に残業実態を確認し、定額残業代の設定が適切かどうか見直しましょう。
3. 説明責任を果たす
採用時や制度導入時には、定額残業代の趣旨や計算方法について丁寧に説明しましょう。社員の理解と納得を得ることで、後のトラブルを防止できます。
4. 労使の対話を大切に
制度の導入や変更に際しては、社員の意見を聞く機会を設けましょう。「信頼と対話の架け橋」を意識し、一方的な通知ではなく、双方向のコミュニケーションを心がけることが重要です。
まとめ
定額残業代制度は、適切に運用すれば会社と社員の双方にメリットのある制度です。しかし、法的要件を満たさない運用は、将来的に大きなリスクとなる可能性があります。
重要なのは、制度の形式だけでなく、実質的に社員の労働時間と報酬が適切に対応していることです。
労働時間の適正な管理と、超過分の残業代の確実な支払いを徹底することで、定額残業代制度のリスクを最小限に抑えることができます。最新の判例や法改正に注意しながら、定期的に自社の制度を見直すことをお勧めします。